白馬八方尾根JAPAN CUP大会レポート(一日目)

■一日目(10月8日)
2011年10月8日、白馬八方尾根エリアは“その日”を迎えた。絶好の好天予報、素晴らしい大会の予感。日本グランプリは北アルプスを越え富山県らいちょうバレーから、ここ八方尾根エリアにもたらされた。今回こそという期待感、その期待感にTASK1での51名のゴール者が応えることになる。
「治りきっていない風邪で体調が悪かった。今日の頑張りで悪化した気がする。今は背中の筋肉痛が気になる。」TASK1のトップを獲った小幡選手の帰着後のコメント。この人、逆境に燃えて力を出すタイプだ。そして二日後には2011年の日本グランプリのウィナーとなる。

秋の行楽日和の3連休、昨今の山ブームも手伝って混雑していたゴンドラ、リフトをくぐり抜けて76名の選手がテイクオフにたどり着く。やっぱり前だ、いや少し後ろでリスクを避けたい。思い思いに場所取りが行われる。ゲレンデいっぱいに広がった76機は壮観である。ゲレンデ脇のリフトで登る観光客の皆さんから「へー」とか「ほう」とかの声が聞こえる。
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「全体としては北東予報ですが地形的に南成分が入ると思います。1700mの凝結高度予報ですが、この日射ならブレイクすると予測します。後半は強めの北風が予測されるので岩岳などの北方向ターンポイントはお勧めしません。」タスクコミッティの前堀選手のコメント。競技委員長の清水さんの天候予測ともブレはない。地元の強みの一言では片付けられない、このエリアの人達の天候の読みの確からしさ。それは、その日もそして三日間に渡って立証されることとなる。
よしと

設定されたタスクは八方尾根湾内の三角パイロンでスタート、佐野坂アンテナ跡と八方を2往復する52kmのゴールレース。最後の八方下段テイクオフTP(ターンポイント)を通過した後は東対岸の峰方山頂TPをかすめて佐野坂スキー場下の佐野坂ゴールへファイナルグライドをかけるもの。10:20にウインドウオープン、10:40にデパーチャーオープンが設定された。もともと切迫していたスケジュールに加えて、いざテイクオフとなると準備に手間取ったり、立ち上げミスが発生したりと全機空中一斉スタートとはならなかった。しかし後れた選手にとって先行するグライダーの挙動は最大の情報源だ。ゆっくり、確実に、特に序盤は。最初から先行するリスクを避ける作戦の選手も多かったかも知れない。
五竜、佐野坂とコマが進むにつれ76機は小集団にばらけてゆく。小集団内で抜きつ抜かれつゴールを目指す。結果的にはどんどん好天していったコンディション(2500m以上あがった選手もいたとか…)にトップグループの大幅なスタックといった波乱は発生せず純粋スピードレースに終始した。最終的には51機のグライダーが、強まった北風にのりゴールにたどり着いた。
やすこ ごーる
ゴール えみ

冒頭の小幡選手のフライト時間は1時間54分弱で最速。レース中にどれだけトップを引っ張ったかを示すLO(リードアウト)得点は4位の竹尾選手が184点でトップの結果。最終ゴール者は小倉 恵深(エミ)選手が3時間31分のフライト時間。あきらめない心がゴールを生む。
たsk
帰還した選手を待っていたのはカレーライス。おいしく頂きながらも「交流会は4時からじゃないの?」と不思議がる。そう、さらに4時過ぎには本部前に椅子とテーブルを並べた野外パーティが催された。オードブルに加えてスタッフ手ずからの炭焼きの焼き鳥(おいしかった。)発表されたリザルト、今日のフライトの振り返り、楽しい一日の終わりである。

うどん ぱてぃ
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2011PNL第7戦 2011立山らいちょうバレーカップ

2011立山らいちょうバレーカップ 大会レポート
レポート:藤野 光一

プロローグ

「大会前は条件が良い・・・」。昔からよく言われることですが、今回もこの言葉どおりになりました。時期としては遅すぎる太平洋高気圧の張り出しに大会前の数日は夏を思わせる天候ながらも好条件が続いていました。週間予報では当初大会日程3日間は概ね晴れベースであったはずが、台風の発生や太平洋高気圧の後退が予想されて最悪の雨予報へ。大会前日の16日は高気圧縁辺の南風だったものの、昼前から場の風とのコンバージェンスによってエリア内は2000mまで上昇出来るコンディションになり、早めに立山入りをしていた選手にとっては良いプレゼントとなったのですが。

9月17日 大会初日

大会初日は朝から雨。それでも予定通り7時30分から選手受付。9時からは場所を山野スポーツセンターに移しての開会式へと進みます。開会式では、JMB立山パラグライダースクール校長で今大会の実行委員長である関沢氏による開会の挨拶の後、「JPA日本グランプリ」大会として昨年の勝者から優勝カップの返還を受ける「優勝杯返還式」も行なわれました。昨年の勝者にはレプリカが贈られました。天候が思わしくない状況なので初日の競技はキャンセルとなり、16時からのバーベキューパーティーの案内を行なって開会式は終了しました。
空き時間を利用して、先頃開催された「PWCスペイン」に参加した正木選手、伊藤選手、青木選手から世界で戦った感想や、今後どのように取り組むべきか?などを交えた話を聞くことが出来ました。
その後もRedBull X-Alps2011に参加された扇澤選手や松原選手の話も聞くことが出来、有意義な午前中の過ごし方になったのではないかと思います。
16時からは予定どおり立山山麓家族旅行村においてバーベキューパーティーが行なわれ、みなさんそれぞれに楽しんでおられたのではないか?と思います。
この時点で18日の天気予報に晴れマークが出現し、風向きが懸念されるものの飛べる可能性が出てきたことにより、選手はさらに盛り上がったのでした。

9月18日 大会2日目

朝から陽射しも眩しいほどの天気。昨日の状況からは考えられない劇的な変化ですが、上空と地上の風は立山ではフォローになる南の強風。気温も上昇して暑い中を、短いサイクルでウェイティングすることになりました。予想では、昼過ぎから北西風が進入して飛べる状況が見込めるのですが、朝の段階ではゴンドラも止まる程の強風が吹く中ではやや信じ難い予想に思えます。しかし、大会前日も概ね似たような状況で飛べていることを考慮すると、ある程度信憑性もあるため好転を「信じて」の待ちとなりました。
9時、10時とウェイティング時間が延長されて行きますが、なかなか良い兆しを見せない立山の空に大会スタッフはやきもきする時間を過ごすことになりましたが、10時を過ぎる頃から風が落ち始めました。そして山頂へ状況確認に先発したスタッフからは「風が弱まって風向きも変わり始めている」との連絡が入り、選手達がテイクオフへ移動を開始したのです。12時には全選手が極楽坂テイクオフに集合してブリーフィングへと進みます。ナショナルリーグのタスクは湾内を周回した後から美女平、対岸、テイクオフへと戻して再び美女平を周りグラウンドゴールの34Km。チャレンジリーグは稜線を東西にアウトアンドリターンを基本とする20Km。ダミーの状況を見つつ準備に入りますが、エリアのファーストサーマルポイントである金山の上がりが悪いことから、ナショナルリーグのみタスク変更。いきなり美女平の1Kmシリンダーをスタートし、後は対岸にあるA55(緊急ランディングポイント)との間を3往復する32Km。基本的にエリア側は使わない設定となりました。
ナショナルリーグは13時10分にウィンドウオープン、13時30分に空中一斉スタートのレース。広いテイクオフのおかげで60余名の選手は10分余りでテイクオフし、雲低2000mへ続くガーグルを形成したのです。一方、チャレンジリーグもナショナルの選手が出た後で全員がセットアップし、グラウンド一斉スタートのレースとなりました。

スタート時間の13時30分前には、美女平の1Kmシリンダーへ向けてグライドを開始する選手によって機体が列を成し、いかにもレースと言った状況を見せてくれました。美女平から対岸のA55までをワングライドでこなした選手を待っていたのは上がりの悪い、やや荒れたサーマル。集団を形成して協力しながら上げるものの楽に移動出来る高さにはならず、低く移動する選手も多く見受けられました。同様に、美女平もサーマルが活発とは言えず、ナショナルの選手にとっては苦しいレースを強いられる結果となりました。
チャレンジリーグは全く逆の展開となりました。ナショナルの選手が対岸と美女平を使うタスクになったため、エリア側は完全にチャレンジリーグの貸切状態。しかも一旦1500mあたりまで上げてしまえばそれ程落ちないコンディションで、20Kmのタスクでは物足りなかったのではないか?と思える程に、選手は高く移動してほぼ全員がゴールメイクする結果となりました。
立山信仰で有名な立山エリアは、極楽坂や弥陀ヶ原、浄土山などの地名や山名が多いのが特徴ですから、エリア側が天国で対岸から美女平は地獄だったと言うのはあながち間違った形容ではないと言えるでしょう。ナショナルの選手は奮闘努力したもののゴール者はなく、トップは小幡選手の25Km。殆どの選手は2回目のA55か、その手前までと言った状況でした。
そうは言っても、もともと3日間の天気予報は雨ベースだったのですから、飛べるだけでも儲けモノ。レースが出来たのですから上出来では・・・と思っております。ナショナルの選手は普段あまり飛べない美女平や対岸を、チャレンジの選手は立山エリア(湾内)を十分堪能していただけたものと自負しております。

9月19日 大会3日目

朝早いうちは陽射しもあって青空も見えていましたが、対岸や富山市内の平野部では低い雲に覆われて降水もある状況。7時30分の受付時点で競技キャンセルを発表し、9時から閉会式となりました。
閉会式の前に、JPA競技事業部主催の選手ミーティングを開催。来年のリーグ戦における機体のレギュレーションの話やルールについて説明がありました。その後は表彰式へと移り、チャレンジリーグの優勝は西条公啓選手、準優勝が大賀靖子選手、3位が杉岡洋選手。女子の部優勝は大賀靖子選手、準優勝が岩崎聖子選手、3位が熊谷郁子選手でした。チーム戦は優勝が丹波惣菜店チーム、2位が元祖・丹波惣菜店チームでした。
ナショナルリーグの総合優勝は小幡洋三選手、準優勝が廣川靖晃選手、3位が増子友美選手。シリアルクラスでは優勝が高橋苗月選手、準優勝が清水博司選手、3位が藤川裕美選手。女子の部優勝は増子友美選手、準優勝が高橋苗月選手、3位が水沼典子選手、チーム戦は優勝がスカイダンシングチーム、準優勝が碧きWingKidsチーム、3位がノリコトソノタチームでした。

閉会式が終わる頃にはエリア全体が低い雲に覆われて雨も降る天候になりましたが、無事に大会を終えることが出来ました。また、今回は1本のみの成立となり「日本グランプリ」としては不成立となってしまいましたが、大会に参加いただいた選手の皆さんはもちろん、大会を支えてくれた多くのスタッフの方々にもこの場を借りて御礼を申し上げます。
来年も開催する予定ですので、ぜひ多くの皆さんに立山の空を楽しんでいただきたいと思っております。来年も多くの選手の参加をお待ちしております。


選手育成基金対象 青木翼選手 PWCスペイン報告

自分にとって初めてのヨーロッパ、そしてフライト、また新しい経験ができると楽しみでした。

青木翼

無事現地入り、競技前日からフライトしエリアの地形を実際の目で確認しましたが異様な地形に驚かされました。
断崖絶壁や深い谷、一面茶色い大地、強烈なコンディションになるのは明らかでした。
そんな中でもやってやる!!というモチベーションを持ち競技に望んだのですが…

いざ競技が始まってみると海外選手の速さに圧倒される毎日でした。
初日はスタートに遅れて慌ててしまい、あっという間にランディング。
その後もモタモタして気づくと一人旅。

茶色い大地や複雑な地形にも翻弄され迷いの飛びばかり。
ゴールできたのも一本だけです。
応援してくれたみんなに申し訳ない気持ちになってしまいました。

しかし、これが今の自分の実力と受け止め前を向いていかないといけません。
日本ではこんな経験はできないと思うのでこの事をバネにして飛んで行きたいです。

選手育成基金を使わさせて頂くのは今回で2度目になります。
こういった制度はとても助けになります。
サポートありがとうございました。
また、この制度を利用する若手選手が次々と出てくる事を願っています。
以下大会レポートです。

このPWCスペインはアジェールというエリアで開催された訳ですが事前の情報からとても成立の確率が良いと聞かされていました。
過去、僕の参戦する長期の大会は全て2本成立のみという確率の悪さだっただけにとても期待していました。
ハードなエリアで連日のロングタスク、自分の体力・集中力はどのぐらい持つのか試す良い機会でもありました。

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<練習日>
無事現地入り練習日から絶好のフライト日和となりました。
事前にGoogle Earthを使ってイメージは膨らませていましたがやはり百聞は一見にしかず、フライトしてエリア内の地形を確認しました。
剥き出しの岩肌、断崖絶壁、深い谷、日本にはない地形はとても新鮮でした。
しかし、ここでもし…というネガティブな部分も過ぎってしまいかなり慎重に飛んでいたようにも思います。
この日は3時間ほどフライトしエリア内を周遊、良いウォーミングアップとなりました。

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<Task1>
勢い良くテイクオフしたもののスタートから遅れてしましました。
集団に遅れてはいけないとの焦りからくるミスでした。
バンバンで低くても上がるだろうと走るものの予想外にエリアの外は渋くおおきくスタック。
その後少しのフライト距離でランディングしてしまいました。
こういったミスを相変わらず繰り返してしまっています。
スタートに遅れた事も反省点ですがこういった場面での冷静な判断する精神力が自分には必要です。
<Task2>
カステホンというエリアに飛んでいくクロカンタスクでした。
この日はとても活発でスタック無しで順調に駒を進めていました。
しかしゴール15kmほど手前でゴールの地形が良くわかりません。
GPSでは+600mで届く表示が出ていたので矢印に向かって進みました。
が、その方向は非常に荒れた空域で一気に高度ロス、結局5km手前にランディングを余儀なくされました。
直前にゴールが変わりゴールの地形を理解しきれず飛んでしまったのが失敗です。
また、初見でも飛べる判断力を身に付けなければいけません。

<Task3>
ちょっとした判断ミスや上げ遅れであっという間に置いていかれてしまいます。
一人で飛ぶ場面が多くなり良いリズムで飛べません。
遅いせいでコンディションも変わり風が強さを増してしまいます。
強風からサーマルもちぎれ上手く上げれずランディングしてしましました。

<Task4>
ようやくゴール。
後半はやはり一人で飛ぶ事になってしましましたが…。
少しずつ遅れていき焦りそうにもなりましたが初日と同じミスはしないように言い聞かせ絶対にゴールするという気持ちが良かったのかもしれません。
こういうゴールを繰り返せば徐々に集団に付いていけるようになるのでしょうか?

<Task5>
最後のタスクです。
この日のスタートは大会中一番良く決まり幸先良いと思っていました。
しかし風が強く空域も荒れていてアクセルが踏めません。
トップ選手たちはその中でもガンガン踏んで行きどんどん離されていきます。
こういった状況でもハイスピードを維持する技術には驚かされました。
結局、強風に捕まって高度ロスしランディングする事になってしましました。

大会全体を通して感じたことは世界大会のレベルの高さです。
正直、もう少し飛べると思っていた自分が全然ダメだった。
旋回技術、グライド技術、グライダーコントロール、コースラインの読み、見切り・判断力、とにかく全てにおいて足りません。
今回の大会は自分にとってショックな事が多かったですが良い刺激になりました。
世界の壁は思っている以上に高くこのままじゃ勝負にすら参加できない事がわかりました。
これからはここで経験した事を生かしていかなければいけません。
どうしたらこういった選手達と飛べるようになるのか、勝負できるようになるのかを考えながらこれからの大会に臨んでいこうと思います。

自分の人生にとって初めてのヨーロッパということで経験も不足しています。
これからは定期的にヨーロッパに飛びに行けるような環境作りをしてもっと海外に慣れるような努力もしていきたいです。


選手育成基金対象 正木選手 PWCスペイン報告

今回JPA選手育成基金を利用させて頂き、スペインのアジェールで開催されたワールドカップの最終戦に挑戦させて頂きました。

正木晋

今回のエリアのアジェールはバルセロナから北西に160km位の場所にあり、過去2回のワールドカップとスペイン選手権が開催されているスペインでも有数のエリアです。また、この時期はフライト確立も良く、実際に大会は6タスク中5本も成立する恵まれた大会となりました。

 タスクの内容はテイクオフから20km続く岩壁を使い、その後北側の平野部と山岳部を組み合わせたタスクが組まれました。距離はサンダーストームの予報が出ているので短いタスクにしようと言う時でも85km位で、ほとんどのタスクは100km前後が組まれ、最長では132kmという、連日良いタスクが組まれました。

 肝心の結果ですが、初のヨーロッパ遠征はこてんぱんにやられたといった感じです。正直かなりへこんでいます。
ですが、今回トップパイロット達と一緒に飛ぶことで自分との違いを直接肌で感じることが出来て多くのことを学びました。
 
 彼らのフライトは本当に早くて上手いのですが、決して私たちが出来ないようなフライトばかりしている訳ではありません。やはりベースとなっているのは基本的な飛行技術、フライトルート、レース戦略のセオリーです。これらの事をどのレグでもミスすることなく確実に行ってレースをこなしている様に感じました。また、フライト中の集中力が高く、サーマリングの際も少しでももリフトの強い所を絶えず探していて、気を抜いているとすぐに置いてきぼりを食らってしまいます。
それと比べると私は少し遅れをとると、追いつかねばと焦りが出てターンポイントに向けて最短距離を飛行することばかりして、遠回りでも沈下の少ない効率の良いルートの選択が出来ずに、結果的に高度が低くなり大事なところでスタックしてしまう事が有りました。多分国内のレースでも同じような事をしているのですが、レグ間が短いので致命的な差になりませんでしたが、今回のように長いとその差がはっきりと表れてしまい大変苦しい思いをしました。
 そして、彼らはそのような基本がしっかりと出来ているからこそ、困難な状況を迎えてもチャレンジして局面を打開する自信に繋がっているのだと感じました。

 今回は思うような結果は出せずに悔しい思いをしましたが、それ以上に色々な事を感じとり多くの課題を見つけました。
  そして、これから自分がどのような選手に成りたいかという事もはっきり見つかったような気がします。
 トップパイロットは若手ばかりでなく、私よりも年配の選手も多くいます。それをおもうと、もっともっと頑張れる気がし、これからもどんどん世界にチャレンジしていこうという気持ちが高まりました。

 最後に、多くの方々のご支援によりこのような貴重な経験をさせて頂いたことに、深く感謝致します。これからもこの経験を活かし、自分の目標に向かって進み続けようと思います。本当にありがとうございました。

 


ジャムリゾート サマーカップ2011 大会レポート

開催地:スキージャム勝山
レポート:廣川靖晃


 一週間にわたって秋雨前線が日本列島に停滞する中、気合で雨雲を吹き飛ばそうという選手達が
スキージャム勝山に集まりました。

<8日27日>
 大会前の段階ではあまり期待できない予報でしたが、いざ現地についてみると青空が広がっています。
フォローとなる東風予報も白山がブロックしコンディションは上々。
 選手達は時間通りに受付を済ませ、すぐにテイクに上がりました。テイクに上がって直ぐは雲低がテイクレベルで低いものの昼に向けて雲低が上がれば、十分タスクは出来そうです。しかし、気温減率の良さからかテイク前にはどんどん雲が広がり、見る見るオーバーキャストして行きます。
 それでも堀校長のウインドダミーは、日射が無いなか、しっかり上昇して雲低に到達。
雲低は+100m程と低いもののタスクは出来そうです。

「これは行ける!」

直ぐにタスクが発表され、選手達に緊張が走ります。
 しかし、テイク前は完全にオーバーキャスト。ウインドダミーが上がったとは言え30分は経過し現在リフトがあるかは分かりません。しり込みする選手が多い中、腕に覚えのあるナショナルリガー達は臆する事無くウインドオープンと同時にテイクオフ。弱いリフトを技術でつかんで少しづつ上昇していきます。それを見て他の選手達も続々テイクオフ。グライダー数が増えるとリフトの位置も分かりやすくなり、ほとんどの選手が雲低に付けてスタートを待ちました。
 スタート後も雲低は上がりませんが、リフトはしっかりあります。先頭集団は、雲低に付けながらどんどん先へ先へと進んでいきました。
 しかし、12時過ぎにドラマが待っていました。さっきまではあったリフトが消滅。
ほとんどの選手がランディングを余儀なくされる中、生き残った高杉選手がN2リーグで一位となりました。
 その後は一気にコンディションが好転しリフライトの選手達は続々ゴール。チャレンジリーグは、ベストタイミングでリフライトした大賀選手が一位となりました。
 夕方からは、長島氏による気象に関するベーシックセミナー。そして、バーベキューパーティーと続き、予想外に良いコンディションの中、大会が出来た選手達は大いに盛り上がりました。


<8日28日>
 大会二日目の朝はオーバーキャスト。雲低はテイクオフレベルより高いものの日射はありません。
それでも、タスクはやれると信じて選手達は朝早くから受付に並びました。
 選手達の祈りが通じたのか、テイクに上がるころには雲は取れ、日射が降り注いでいます。雲はポコポコと浮かび、雲低は昨日より数百メートルは高そうです。
 テイクでタスクコミッティー達は、最高のコンディションを想定し、N2リーグでは昨日より10km程タスクを伸ばして、一斉スタートのゴールレースを発表。
 ウインドオープンも早められ、選手達は続々テイクオフしていきます。11時30分のスタート前には、すべての選手が1400mの雲低に取り付き大きくガグリング。その様子はまるでワールドカップの様でした。
 スタート後は当然の様にスピードレース。トップグループの選手達は踏めるだけアクセルを踏み込んで次ぎのパイロンへと突き進んで行きます。
 結果は、コンペ機でのオブザーバー参加の稲見選手が一位。N2リーグではまたもや高杉選手が一位。チャレンジリーグでは、昨日トップだった大賀選手が二位以下に10分以上の差を付けて一位。
 総合では、N2リーグ高杉選手、チャレンジリーグ大賀選手は二日とも一位の完全優勝となりました。

二日間とも最高のコンディションで大会を行うことが出来、大満足のジャムリゾート・サマーカップ2011となりました。